第二の自然
開いた壁

エピソード 20 / 50

冷却水貯蔵庫まで612メートル。

時速34キロメートル。

制動は一度しか使えなかった。

ミラは制動スイッチに手を置き、前照灯の先を見た。新しい線路は地図にない傾斜を下り、冷却水貯蔵庫の円形隔壁へ続いていた。

ヨナが言った。

「今止まったら?」

「もう動けない」

「止まらなかったら?」

「あの壁を突き破って水の中に入る」

残り距離547メートル。

イアンはこめかみを押さえていた。鼻血が唇まで流れていた。

「どっちにつながってる?」

ミラが訊いた。

「分からない」

「さっき工場の中に変わったって言ったでしょ」

「それは聞こえた。今は多すぎる」

「何が?」

「水の音。機械の音。リナの音」

それ以上は訊かなかった。イアンの言葉は地図ではなく、入り混じった信号だった。

貨物車から培養槽の警報が鳴った。

リナ心拍 146。

栄養液浸透圧低下。

通信越しにダニエルが言った。

「ミラ、速度を落として」

「そうしたらここで止まる」

「娘の体が揺れるたびに管の圧力が上がる」

「止まったあと、歩いて行ける道かどうか確認できてない」

「それでも水に突っ込むよりましだろ」

残り距離403メートル。

ミラは制動スイッチを押した。

金属を削る音とともに、人々が前へ投げ出された。培養槽が4センチ滑り、床の固定輪を一つ引き抜いた。

ダニエルが体で槽を受け止めた。

「リナ!」

液体が片側へ偏り、リナの肩がガラス壁にぶつかった。

時速29。

24。

制動電池 温度限界超過。

ミラはスイッチから手を離さなかった。

右の車輪から火花が窓の高さまで散った。

時速13。

列車は冷却水隔壁の41メートル手前で止まった。

闇が戻った。

制動電池残量 0。

走行可能電力 0。

抽選で乗車した市民パベル・ジンの額が切れていた。サラは瞳孔を確認し、首を動かせないよう固定した。

ミラは運転席の扉を開けた。熱せられた金属の匂いと湿った空気が入ってきた。ここは空気浄化網の外側にあるフォージ内部区域だった。酸素表示は18.7パーセントまで落ちていた。

ヨナが携帯灯を点けた。

「どれくらい持つ?」

「列車の空気電池は走行には使ってない。6時間」

「扉を開けたままなら?」

ミラは扉を閉めた。

「2時間半」

貨物車からダニエルが叫んだ。

「サラ!」

リナの接続管の一本が固定枠に当たって折れ曲がっていた。サラが管を伸ばしたが、流量表示は戻らなかった。

「補助循環が詰まってる」

「直して」

「ポンプは動いてる。管の中に組織が育ったのかもしれない」

「取り出したら?」

「槽を開けないと」

リナが目を開けた。

「開けないで」

サラがガラスに顔を寄せた。

「このままだと右肺側の循環が足りなくなる」

「どれくらい?」

「今の数値なら23分以内に痛みが強くなる。その先は分からない」

「外に出るまでには?」

「まず道を探さないと」

リナは折れ曲がった管を見下ろした。

「外で開けて」

ダニエルが言った。

「そこまで行けなかったら?」

「ここで開けたら行けない」

ダニエルは言い返せなかった。

ミラは列車前部の梯子を降りた。線路は隔壁の前で終わっていなかった。床の下へ沈んでいた。青い冷却水が浅い水路を満たし、線路は水面下を通って円形扉の中へ続いていた。

ヨナが水に懐中電灯を向けた。

「列車ごと貯蔵庫に入れるための線路?」

「冷却材運搬車用でしょ」

隔壁の脇には古い手動操作盤があった。

冷却材搬入。

非常排出。

外部熱交換路。

最後の項目には物理封印が重ねられていた。

フォージ生産系譜保護。

ミラは操作盤の下の図面箱を開けた。紙と薄い金属板が湿気で貼りついていた。ヨナが一枚ずつ剥がした。

現在の線路は貯蔵庫の中で二つに分かれていた。一つは第2ライン下部へ、もう一つは外壁熱交換塔へ続く廃棄路線だった。

「外へ出る道がある」

ヨナが言った。

「塞がってる」

廃棄路線は17年前に閉鎖されていた。

理由:外部熱交換効率低下、胞子流入、熱交換板腐食。

代替:内部冷却水循環。

路線を開く手動レバーは貯蔵庫の反対側にあった。水深は2.3メートル。

「潜って引けばいい?」

「引くだけじゃ列車は動かない」

図面の下に非常排出手順があった。

貯蔵庫の水位差を利用し、冷却水を外部熱交換路へ押し出す方式だった。排出タービンが回れば、廃棄路線へ11分間電力が供給される。

水位差28メートルを作るには冷却水2,740トンを捨てなければならなかった。第2ラインの冷却維持時間は16時間に縮まり、結晶シード損失確率は68パーセントになる。

ヨナが数値を読んだ。

「人は出られるけど、工場は死ぬかもしれないってことか」

「工場の中にも23人いる。数字だけ比べないで」

ミラは答えられなかった。

列車通信にアミン・コレが接続した。映像は震え、背後で警告灯が回っていた。

「列車の位置を確認しました」

ミラが訊いた。

「線路を変えたのはあなたたち?」

「フォージ運搬機が4年前に変更しました。外壁路線の腐食を避けるため、冷却材運搬線へ統合したものです」

「人を乗せる列車もここへ来るのに、どうして地図を直さなかったの?」

「人を乗せる計画がありませんでした」

「今は乗ってる」

アミンの背後で誰かが叫んだ。

「軸温74度!」

第19区域の送風機画面も同時に開いた。セナが新しいベアリングの内輪を軸へ押し込んでいた。輪は半分で止まっていた。

残り時間 00:05:31。

「ハンマー使うなって言ったでしょ」

ミラが言った。

「使ってない」

セナは加熱帯をさらに巻いた。

「軸が歪んでる。新しいベアリングの規格が合ってても入らない」

アミンは予備軸も送るべきだったと言った。セナは86キロの軸だって人手を増やせば運べたと吐き捨てた。

ミラが言った。

「軸表面を削って。外側0.6ミリ」

「偏心が出る」

「もう出てる。完全修理は無理。一日だけ持たせて」

「一日後は?」

「そのとき生きてる人がまた直す」

セナは研磨機を手に取った。

送風機時間 00:04:48。

アミンがミラに言った。

「非常排出を行えば、第2ラインは維持できない可能性が高い」

「ほかの道は?」

「列車の人員を降ろし、貯蔵庫上部の歩行通路へ移動させてください」

「リナの培養槽は?」

「残す必要があります」

ダニエルが通信を開いた。

「誰が決めた?」

アミンには彼の姿は見えなかった。画面にはリナの培養槽状態だけが出ていた。

「移行期生命体一個体の損失より、生産系譜の損失の方が――」

「名前を言って」

リナの声が壁の振動を伝って入ってきた。

アミンの言葉が止まった。

「リナ・ソ」

「もう一回」

「リナ・ソを残す必要があります」

「どうして?」

「培養槽は歩行通路の幅を通過できません」

「それは知ってる」

「非常排出は、数千人が使用する空気・電力制御用演算基板の生産可能性を損ないます」

「それも今分かった」

「それでも出ますか?」

リナは折れた管に引かれる痛みで、少し体を丸めた。

「うん」

アミンがミラを見た。

「あなたが決定するのですか?」

「いいえ」

「では、列車に乗った60人が、第2ライン作業員23人と都市の未来を決定するのですか?」

「それも違う」

「誰が決めるのですか?」

ミラは貯蔵庫の手動レバーを見た。

「結果に手を触れる人です」

「それが権限の定義ですか?」

「違う。今、私たちに残ってる時間の形です」

哲学めいた言葉が口から出ると、ミラはすぐ後悔した。言葉は水を動かさない。

彼女は作業服の腰にある安全索をヨナに渡した。

「私が入る」

「その腕で?」

「レバー引くのに両腕はいらない」

「水中で引っかかったら?」

「引っ張って」

「すごくいい計画だな」

ヨナは索を自分の腰に結んだ。

冷却水は冷たいと思っていたが、ぬるかった。第2ラインから戻った熱が貯蔵庫の底に残っていた。ミラが水路に降りると、水は肋骨まで来た。左腕の傷に冷却水が染み込んだ。痛みが腕を上り、首まで走った。

「汚染度は?」

サラが携帯測定器を見た。

「金属粉塵が高い。傷を浸けないで」

「もう遅い」

ミラは息を吸って潜った。

水中のレバーはセラミック封止材で固定されていた。切断機では歯が立たなかった。息が足りなくなり、ミラが索を二度引くと、ヨナが引き上げた。

「切れない」

「別の工具は?」

ノアがラヒムの投げた袋から短いバールを取り出した。

「これは分岐器解除用です」

「セラミックは割れない」

イアンが列車の下へ降りようとした。

ミラが叫んだ。

「そこにいて」

子どもは止まった。

ミラは自分の声を聞いた。また先に止めていた。

「水の近くに来たら、何が聞こえるか分からない。それでも降りたいなら安全索を結んで」

イアンはしばらく考えた。

「降りない」

「分かった」

「その代わり、リナが言うこと聞いて」

培養槽の中でリナは目を閉じていた。貨物車の排水口へ下りた白い糸が冷却水の表面に触れていた。糸の先が波に合わせて揺れた。

「右」

リナが言った。

ミラが訊いた。

「何が?」

「レバーの右下が空いてる」

サラが言った。

「生体線が水圧振動を感知しているようです。精度は分かりません」

「リナ、自分で感じたの? ブルームが送ってるの?」

「分からない」

「なら使わなくてもいい」

リナが目を開けた。

「私が使うって言った」

ミラはうなずいた。

「右下。それだけ信じる」

二度目に水へ入った。

レバーの右下には指二本が入る隙間があった。ミラはバールを差し込み、左腕まで伸ばした。傷から血が溶け出すとき、セラミックに亀裂が入った。もう一度押した。

封止材が割れ、レバーが跳ねた。

貯蔵庫全体が揺れた。

ミラは索をつかめなかった。水流が体を隔壁の方へ引いた。割れたセラミック片が腿を擦った。

ヨナが安全索を引いた。

結び目が腰を締めつけた。ミラの顔が水面に出た。

彼女が息を吐くのと同時に、非常排出警報が鳴った。

冷却水排出量 毎秒4.2トン。

第2ライン冷却維持可能時間 15:57:11。

結晶シード損失確率 71パーセント。

廃棄路線電力供給 00:10:59。

列車の車輪下の電力線に青い光が入った。

アミンの画面の向こうで作業員たちが動いた。ミラを罵る者もいれば、冷却管を閉じに走る者もいた。

アミンが言った。

「我々は第2ラインを放棄しません」

「放棄しろとは言ってない」

「あなたが時間を16時間に縮めた」

「その間に直して」

「部品がありません」

「人はいるでしょ」

「人が素材を作ることはできません」

「分かってる」

ミラは列車へ上がった。

「だから、私が失わせたものを記録して」

アミンは答えなかった。

列車が再び動き出した。

貯蔵庫の水門が開き、青い水が線路の下へ吸い込まれていった。車輪が水を切った。円形隔壁の中で分岐片がゆっくり廃棄路線側へ寄った。

通過電力 9分32秒。

外壁まで1.8キロメートル。

列車がトンネルへ入った。

第19区域の画面では、セナが研磨機を置いた。

新しいベアリングが軸の端まで入っていた。

「回して」

作業員たちが手動始動ハンドルを押した。

送風機が一回転した。

二回転目で軸が揺れた。

三回転目で羽根の一枚が外壁を擦った。

警告時間が0に達した。

モーターが入った。

長い金属音が続いた。

ミラは画面を見ながら待った。

空気流量 19パーセント。

27。

41。

軸振動 許容値の230パーセント。

セナが言った。

「一日は持たない」

「どれくらい?」

「8時間。運が良ければ12」

第6区域と第8区域の圧力が回復し始めた。

都市は今すぐ呼吸を失うことはなかったが、半導体工場には16時間の制限時間が生まれた。

列車は廃棄路線を通り、外壁下部へ到着した。

電力供給は2分14秒残っていた。

前には二つの扉があった。

内側圧力扉と外部熱交換扉。

二つの扉の間は培養槽が入るだけの広さがあった。ここは人用の減圧室ではなく、冷却水を捨てていた産業用排出口だった。

「外扉を開けたら、内扉が自動で閉まるはず」

ヨナが言った。

ミラは内扉の蝶番を見た。白い呼吸管が隙間ごとに育っていた。雨が入ってから急速に太くなった組織だった。

「自動じゃ閉まらない」

ノアが訊いた。

「除去しますか?」

「時間がない。列車が入ったら内扉から手で閉めて」

列車が二つの扉の間へ入った。

後ろの内扉が下がり始めた。呼吸管が押し潰され、白い液体が流れた。扉は床から38センチを残して止まった。

電力 01:31。

12人が扉に取りついて押した。

動かなかった。

ミラは切断機で呼吸管を切った。一本切るたび、別の管が隙間へ押し込まれた。

電力 00:58。

外扉を開けるには42秒必要だった。

ヨナが言った。

「今始めないと」

「後ろが閉じてない」

「電力が切れたら、どっちも開けられない」

エリアスから通信が入った。

「外部扉の開放を保留してください」

ミラは切断機を止めなかった。

「理由」

「内側扉の密閉率は71パーセントです。外部扉を開けば、第4・6・8区域の圧力が同時に低下します」

「どれくらい?」

「6分以内に呼吸困難基準を下回る可能性があります」

セナが割り込んだ。

「送風機の出力をこれ以上上げたら羽根が割れる」

外部扉電力 00:41。

ダニエルが言った。

「リナは10分も持たない」

エリアスが訊いた。

「列車内の生存者は?」

サラが答えた。

「空気は2時間残っていますが、リナの補助循環は8分以内に開かなければなりません」

「都市三区域には4,800人がいます」

ヨナが外部扉の取っ手に手を置いた。

「また数字か」

エリアスが言った。

「数字を言わなければ、人が消えます」

ミラは内扉の下に腹ばいになり、都市側を見た。38センチの隙間の向こうへトンネルが続いていた。空気はすでにそちらへ流れていた。

「三区域の人たちに知らせて」

「避難時間がありません」

「それでも知らせて」

エリアスは公開警報を入れた。

外壁産業用排出口 開放可能性。

第4・6・8区域 圧力低下予想。

内部密閉室へ移動してください。

予想準備時間 36秒。

開けるなという要求と、開けてくれという要求が同時に押し寄せた。第6区域に子どもがいるという人も、移動できないという人もいた。

ミラが外部扉の起動ハンドルを握った。

エリアスが訊いた。

「あなたが決定しますか?」

ミラには画面の向こうの顔は見えなかった。名前と文章だけが流れていた。

「はい」

「結果を記録します」

「私の名前で」

彼女はハンドルを下ろした。

外部扉起動。

00:42。

電力供給残量 00:33。

時間が合わなかった。

外部扉が半分も開く前に電力が切れる。

ヨナが言った。

「冷却水をもっと抜け」

アミンがすぐに反対した。

「できません」

「9秒あればいい」

「追加排出すれば、第2ライン冷却維持時間は12時間を下回ります」

ミラは非常排出レバーをもう一段押した。

冷却水排出量 毎秒6.8トン。

第2ライン冷却維持 11:43:02。

外壁電力 00:51。

扉が上がった。

最初に開いた隙間から雨水が流れ込んだ。外の空気が土と金属と腐った葉の匂いを押し込むと、列車の人々が悲鳴を上げた。

内扉の下の隙間からは、都市の乾いた空気が反対方向へ抜けていった。白い呼吸管が急に膨らんだ。外部の水分に触れた組織が扉の下で裂け、隙間をさらに広げた。

密閉率 54パーセント。

39。

第4・6・8区域 圧力低下。

セナが送風機出力を上げた。

軸振動 310パーセント。

「これ以上は無理!」

外部扉が培養槽の高さまで開いた。

ヨナとノアがフィルターを着けて先に出た。外気酸素は19.1パーセントだったが、金属性微粒子は基準値の4.7倍、胞子濃度は測定範囲を超えていた。短時間の呼吸のみ可能という判定だった。

ヨナが手を上げた。

「開けたまま!」

貨物車の固定帯が外された。ダニエルとサラ、作業員三人が培養槽を押した。車輪が外部扉の段差に引っかかった。

リナ心拍 158。

補助循環停止。

ダニエルが言った。

「持ち上げるぞ」

六人が培養槽の下へ肩を入れた。

ミラも加わろうとした。左腕が上がらなかった。

「抜けて」

ダニエルが言った。

「私も――」

「あなたはイアンを連れて出て」

ミラはイアンを見た。

子どもの手首の青い線が雨水の方へ脈打っていた。

「一緒に行く?」

ミラが訊いた。

イアンはリナを見た。

「先に押して」

ミラは右手で培養槽の後ろを押した。

車輪が段差を越えた。

槽が傾き、戻った。

リナは初めて都市の外壁の外へ出た。

サラがすぐ槽の点検口を開いた。ダニエルが防水布を立て、ヨナが雨を防いだ。折れた管の中には白い組織が育っていた。サラはリナに見せた。

「これを切れば循環が戻る。感覚線かもしれない」

「切ったら何を失う?」

「分からない」

「切らなかったら?」

「右肺の機能が損傷するかもしれない」

リナは外を見ようとしたが、防水布が視界を遮っていた。

「少しだけ開けて」

ダニエルが布を上げた。

灰色の空の下に黒い地面が広がっていた。外壁沿いに水が流れ、遠くの低い構造物の間では白い茎が風に倒れ、起き上がっていた。森というには疎らで、廃墟というには動きすぎていた。

雨粒が一つ培養槽のガラスに落ちた。

リナが言った。

「切って」

サラが組織線を切断した。

リナの体が折れた。ダニエルはガラスに手を当てかけ、止めた。

「触っていい?」

リナは目を閉じたまま、手のひらをガラスに当てた。

ダニエルが同じ場所に手を置いた。

補助循環は12パーセントから再び上がった。

21。

37。

列車の中では、9個のフィルターを誰に渡すか再び争いになっていた。外部扉は開いていたが、フィルターのない人々は敷居の前で止まっていた。

ミラが最後のフィルターをイアンに着けると、子どもが訊いた。

「ママのは?」

「私は扉を閉めてから出る」

「閉まりもしないじゃん。僕も残る」

「だめ」

言葉が先に出ると、イアンが首を振った。

「またママが決めた」

外からリナがガラスを叩いた。

「イアン」

子どもは開いた扉とミラを交互に見た。

都市側の圧力はさらに下がった。

第6区域から密閉室一つが閉じたとの報告が入った。312人収容。残り1,040人移動中。

第8区域のマレンが通信に現れた。

「水分回収所の圧力扉を閉めました。ここには86人入っています」

「呼吸可能時間は?」

エリアスが訊いた。

「6時間。水はあります」

第4区域は応答しなかった。

ミラは外部扉脇の手動解除軸を見た。扉を閉じれば再び開ける電力はなかった。閉じたとしても、リナと外へ出た人々は戻れない。

外にはフィルターを着けた9人と、培養槽の中のリナがいた。

中にはミラと、フィルターのない50人以上がいた。

イアンはその間に立っていた。

ミラが訊いた。

「自分がどうしたいか言って」

「ママとリナと一緒に出たい」

「扉を閉める人が必要なの」

外からノアが言った。

「私が戻ります」

ミラは彼の怪我した手を見た。

「手動軸を二回転半させないといけない」

「左手でやります」

ミラは答えなかった。

ノアが敷居をまたいで戻ってきた。

「今度は間違っていたら言ってください」

彼は手動軸にバールを差し込んだ。

ミラはイアンを連れて外へ出た。

自分のフィルターはなかった。ヨナがマスクを外して差し出した。

「三回吸って返して」

ミラはフィルターを着け、三回息を吸った。四回目は我慢した。フィルターをヨナに返した。

外の空気は冷たかった。

ノアが軸を回した。

外部扉が下がり始めた。

内扉はまだ38センチ開いていた。都市の空気が狭くなった隙間から速く漏れていた。だが外部扉が閉まれば損失は止められる。

列車内に残った人々は外壁待機区域に閉じ込められた。彼らには空気電池2時間分と、都市側へ戻れない無動力列車があった。

外部扉が半分ほど下がったとき、白い呼吸管がレールの間から伸び上がった。

ノアが叫んだ。

「引っかかりました!」

ミラは扉の下へ戻ろうとした。

イアンが腕をつかんだ。

「ママが出ろって言ったじゃん」

「ノア一人じゃ閉められない」

「僕が決めたのは、一緒に出ることだった」

ミラは子どもの手を振りほどけなかった。

ノアがバールを置き、切断機を手にした。右手の包帯がまた赤くなった。彼は左手で呼吸管をつかみ、右手で切断機を押した。

一本。

二本。

扉がまた下がった。

最後の隙間からノアの顔が見えた。

「閉まれば待機区域の圧力は維持されます」

「あなたは?」

「内側にいます」

「どうして?」

「私が選びました」

扉が閉じた。

完全密閉ではなかった。91パーセント。

都市三区域の圧力は危険線のすぐ上で止まった。

第4区域では37人が低酸素症状を示し、二人が意識を失った。死亡の有無はまだ報告されていなかった。

第19区域の送風機は仮ベアリングで回り続けていた。

半導体第2ラインには11時間31分が残った。

外に出た人々は外壁から遠くへ行けなかった。フィルターのないミラは息を止め、再びヨナのマスクを受け取った。

携帯センサーは酸素19.3パーセントとともに、胞子18倍、金属粉塵5.1倍を警告した。

雨は弱くなっていた。

マスクを外し、短く息を吸った。土と濡れた鉄、黴と見知らぬ甘い匂いが混ざっていた。喉がすぐにひりついた。ミラは咳き込みながらマスクを返した。

「呼吸はできる」

ヨナが言った。

「どれくらい?」

誰も答えられなかった。

イアンは雨水の上にしゃがんだ。水たまりの表面には白い膜が浮いていた。子どもが手を触れる前に、ミラが手首をつかんだ。

今度はイアンは怒らなかった。

「見て」

彼が言った。

白い膜の下の小さな黒い点は、雨粒が落ちるたび散らばり、また集まった。風を避ける動きではなかった。

点はイアンの影を避け、明るい方へ進んだ。

リナの培養槽から白い糸がガラス排水口を通って外へ出た。糸の先が水たまりに触れると、黒い点が一斉に止まった。

しばらくして、点は外壁ではなく遠い廃墟の方へ動き始めた。

携帯センサーは生物学的反応を確認したが、分類と危険度計算に失敗した。その下にフィルター予想寿命が表示された。

00:43:17。