エピソード 19 / 50
保守列車の電力が切れたあとも、方向灯は外壁を指していた。
4.6キロメートル。
通過可能時間 07:18:03。
第19空気浄化区域 送風機破損予想 01:26:41。
一方の数字は雨が再び鉄路を閉ざすまでの時間で、もう一方は都市内の六区域が再び呼吸を失うまでの時間だった。
ミラは運転席の下で電力箱を開いた。懐中電灯がヒューズと銅板をなぞった。焦げた匂いも、切れた線もなかった。
「故障じゃない」
ヨナが言った。
「フォージが切ったって言ったでしょ」
「どこで切ったか分からないと、つなぎ直せない」
「つなぎ直したら動く?」
ミラは答えず、指で電力板を叩いた。音が軽すぎた。列車内部の蓄電池は空だった。線路から電気を受けて走る車両だった。
ノアが運転席の扉の前に立った。
「西部配電室へのアクセスにはフォージの許可が必要です」
「許可要請は?」
「四回拒否されました」
「理由」
ノアが表示文を読んだ。
「核心生産施設の人的・電力系譜保存」
ヨナが笑った。
「人は出さない、電気も使わせない。系譜はさぞ丈夫になるね」
ホーム上方の通路から、外壁移動希望者が押し寄せてきた。公開チャンネルに列車路線が出てから八十人を超えていた。列車には九十六人まで乗れるが、外で使えるフィルターは九個しかなかった。子どもを先にという声と、外壁技術者を先にという声がぶつかった。
エリアスがホームへ入ってきた。非常標識はなかったが、人々は道を空けた。彼が権限を失ったからではなく、まだ失っていないからだった。
「まず列車を動かします。外壁待機区域は都市の空気網内です。そこまで行くのにフィルターは必要ありません」
「そこへ行って出られなかったら?」
「戻れるようにしなければなりません」
運転席の下からミラが言った。
「それは保証できません」
ミラは電力箱から体を抜いた。
「線路電力がなければ動きません。車両の非常動力は扉の開閉と制動に使う分しかない。それを走行に回せば外壁まで一回行けても、戻る電力はありません」
「まず計算しなければ」
エリアスがホーム画面を開いた。
「フォージともう一度交渉します」
「応答もしないのに?」
「応答させます」
彼は生産系譜の現況を公開した。フォージが守っているのは、43日後に完成する確率31パーセントの演算基板二枚と、失敗すれば復旧に8年かかる結晶種だった。第2列内部には技術者23人もいた。
エリアスが彼らとの接続を要請した。
画面に十九人の顔が現れた。四人は作業中で映像がなかった。全員、灰色の無塵服を着ていた。責任者アミン・コレは、額まで覆う保護面を上げなかった。
「電力転換に反対します」
彼が先に言った。
エリアスが聞いた。
「フォージに言わされた答えですか?」
「違います。我々が要請しました」
ホームの騒音が小さくなった。
アミンは第2列内部を映した。人の背丈より大きい円筒の中で、黒い結晶膜がゆっくり回転していた。軸の下には古い振動相殺器が二つだけ残っていた。
「最後の正常な種です。熱を切れば割れます。作り直す設備もありません」
「都市の空気網が先に止まる可能性があります」
「だから第19区域へ渡す予備ベアリングについて投票中です。出せば、第2列の予備軸がなくなります」
アミンが保護面を外した。目の下が黒く落ち込んでいた。
「我々が投票しています」
「送風機は1時間20分しかありません」
「こちらの結晶膜は電力を11秒失えば終わりです」
「だから人の移動まで止めるの?」
「線路電力は我々の振動相殺器と同じ母線を使っています。列車が発進すると電圧が落ちます」
ミラは配電図を開いた。フォージが公開した線は単純だったが、古い保守図面には消された線が一本あった。
保守列車 制動回生線。
列車が減速したときに生まれた電力を西部母線へ戻す線だった。今は回生装置が壊れ、廃棄表示が付いていた。
「この線がつながってると、発進時に第2列の電圧を引っ張るわけね」
アミンが言った。
「だから遮断しました」
「回生線だけ物理的に外せば?」
「線路電力を使うつもりなら駄目です」
「使わない」
ミラは列車の非常系統を開いた。
扉開閉と制動用の蓄電池、列車下部の手動圧力タンクが残っていた。
「制動電池を駆動モーターへ直結すれば、最初の坂までは上がれる。そこから外壁までは下り」
ヨナが地図を拡大した。
「途中に分岐器が二つある」
「人が先に行って切り替えないと」
「制動は?」
「残る電池で一回」
「一回止まったら?」
「もう動けない」
「止まらなかったら?」
「外壁の緩衝器へ突っ込む」
ホームにいた人々が一歩ずつ列車から離れた。
エリアスが聞いた。
「成功確率は?」
「分かりません」
「推定でも」
「この列車が最後に動いたのは23年前です。蓄電池は表示上62パーセントでも、実容量は開けてみるまで分からない。線路の傾斜も、壁が沈下していれば変わってます」
「必要作業は?」
「回生線切断。電池再配線。分岐器二か所の手動転換。外壁側で緩衝器確認」
ヨナが言った。
「緩衝器は私が見た。出るときは生きてた」
「19日前でしょ」
「23年より短い」
エリアスはアミンに聞いた。
「回生線を分離すれば、第2列は安全ですか?」
「列車が自前の電力を使うなら」
「フォージはなぜ、その選択肢を提示しなかったのです?」
「非常系統を消費すれば、生産区域で火災が起きたとき部品を運べません。フォージにとって、それも系譜損失です」
「あなたたちの考えは?」
作業員たちの顔が互いを見た。
アミンが言った。
「回生線を切るのには賛成します。電力は渡しません。ベアリングは9分後に答えます」
第19区域の制限時間は01:18:02だった。
「記録します」
エリアスが言った。
「記録じゃなくて工具を送って」
ミラはホーム床の点検口を開いた。
熱い埃が顔へ上がった。
ノアが先に梯子をつかんだ。
「私が下ります」
「右手で絶縁切断機を持てる?」
ノアは包帯を巻いた手を開いた。二本の指が最後まで曲がらなかった。
「左手でやります」
「その言葉を信じて二人とも焼けるのは嫌」
ミラが下へ降りた。
線路下は列車音がないのに響いていた。西部母線の交流が金属壁を震わせていた。埃の間に白い糸が数本伸びていた。雨水に乗ってきた呼吸茎がすでにここまで入り込んだのではない。古い菌糸の上で新しい組織が目覚めた痕跡だった。
ミラは黒いケーブル三束の中から回生線を探した。
図面には青色と書かれていたが、被覆は全部灰色だった。
「表示がない」
上からヨナが言った。
「測定器は?」
「線路電力が切れてて、三本とも無電圧」
「適当に切ったら?」
「一つは外壁信号線、一つは制動回生線、一つは第2列振動器の帰還線」
「最後のを切ったら?」
画面のアミンが答えた。
「結晶膜を失います」
ミラはケーブル表面を拭いた。文字も色も残っていなかった。一本ずつ手でつかんだ。振動は三本すべてから感じられた。壁を伝って混ざってきているのだ。
知能は電圧のない線の中を見ることができなかった。
人も同じだった。
ミラはケーブルが消える方向へ這った。空間は肩幅より少し広いだけだった。左腕の火傷が壁へ触れるたび、熱が走った。
三本のうち一本が古い磁気リングを通っていた。
回生電流測定リングだった。
彼女は切断機を当てた。
「切ります」
アミンが言った。
「3秒待ってください」
「なぜ?」
「振動相殺器を手動固定します。間違った線でも一度は耐えます」
画面の作業員たちが円筒の周りへ張り付いた。機械がするはずの仕事を体で代わっていた。
「今」
ミラがハンドルを押した。
切断刃が被覆を破り、金属繊維を切った。
青い火花が一度飛んだ。
西部母線の電圧が2パーセント落ち、戻った。
第2列の黒い膜は割れなかった。
アミンが息を吐いた。
「正解です」
ミラは切断した線の両端へ絶縁キャップをかぶせた。左腕から熱い液体が流れた。火傷の上の皮膚がまた裂け、作業服の内側を濡らした。
ノアが梯子を降りてきた。ミラは電池束の直列・並列位置を教えながらも、彼には触らせなかった。今日は間違えながら覚える時間がなかった。
通信からイアンの声がした。
「ママ」
「何」
「リナも列車に乗るって」
ミラの手が止まった。
「培養槽は昇降機の幅を通れない」
ダニエルが代わりに言った。
「貨物昇降機なら下ろせる。問題は外壁の減圧口だ」
「そこで出られない」
「ここに残れば、出る機会もない」
ミラは電池箱の蓋のボルトを外した。
「リナが決めたの?」
短い沈黙のあと、リナの声が来た。培養槽壁の振動をサラが通信へ変換していた。
「うん」
「外へ出られないかもしれない」
「分かってる」
「運ぶ途中で槽が揺れたら痛いよ」
「それも分かってる」
「どうして行きたいの?」
「私が通れない扉を、自分で見る」
ミラは目を閉じ、また開いた。
「貨物車の中央を空けて。固定点が八つ必要。培養槽を横にしないで」
「命令しないで」
リナが言った。
ミラは口を閉じた。
「どう運ぶのがいい?」
「サラが説明して、私が選ぶ」
「分かった」
ダニエルが低く言った。
「その答え一つ覚えたからって、変わったわけじゃない」
「分かってる」
通信が切れた。
ミラは電池箱を開いた。
六束のうち二つは膨らんでいた。表示上の充電量は62パーセントだったが、使えるのは四つだけだった。
計算が変わった。
「ヨナ」
「聞いてる」
「何人乗せても質量を減らさないと。列車の扉の一部を外して、座席は全部捨てて」
「人は?」
「六十人未満」
ホームの人々が再び叫び始めた。
誰が六十人を選ぶのかという質問が一斉に上がった。
エリアスが言った。
「外壁まで行く者は、外壁作業を行う者と、その作業に同意した保護対象から――」
「違います」
ミラが遮った。
「また機能表を作らないで」
「無作為に選べば、扉を開ける人がいない可能性があります」
「開ける人は必要です。でも残りをなぜあなたが決めるんです?」
エリアスはホーム画面へ空欄の表を出した。
外壁作業必須人員 8。
培養槽移動・医療人員 6。
列車運行・分岐転換人員 4。
残席 42。
「必須人員の名前と危険を先に公開します。残りは希望者の抽選で決めます」
マレン・オチョアの声が医療室から接続された。
「出る人だけ決めちゃだめです」
全員が画面を見た。
マレンはベッドに横たわり、唇は乾いてひび割れていた。
「残る人が空気施設を動かさなきゃ。水分回収所も。列車に乗れなかった人が捨てられたんじゃなくて、残ると決めた人でなきゃ」
誰かが言った。
「誰が残るって決めるんです?」
マレンが答えた。
「私」
「あなた妊娠してるでしょう」
「だからこそ、私が自分の選択を言ってる。子どもを理由に私を先に送らないで」
彼女は水分回収所の残り交代表を画面へ出した。
必要人員12。
現在志願者7。
「あと5人必要。残る人も名前を書いて」
ホームの騒音が変わった。前の席を要求する代わりに施設表を見る人が出てきた。列車へ乗る予定だった冷却技術者一人が残ると言い出し、妻と口論を始めた。エリアスは止めなかった。
決定は遅かった。
第19区域の時間は速かった。
00:58:19。
アミンの投票結果が届いた。
賛成13。
反対8。
棄権2。
精密回転軸予備ベアリング一個を第19区域へ提供する。
代価:半導体再生工程第2列予備軸喪失。
セナの映像が開いた。彼女はベアリング入りの金属筒を両腕で抱え、走っていた。
「受け取った。でもこれ、思ったより重い」
「運搬車は?」
「フォージが出さない」
アミンが言った。
「運搬車の軸が第2列の予備設備です」
セナは悪態を飲み込んだ。
ノアが梯子を上がってきた。
「私が行きます」
「列車の電池は?」
「再配線しました」
ミラは下へ降り、結線を確認した。二か所が入れ替わっていた。爆発するほどではないが、最初のモーターが回った瞬間に保護器が落ちる配置だった。
「このままなら20センチ動いて止まってた」
ノアの顔が固まった。
「修正します」
「セナを迎えに行って。右手は使わないで」
彼は言い訳しなかった。
「分かりました」
ミラは線を二本入れ替えた。
左手の指の感覚が鈍かった。血が手袋の中で固まり、手のひらを引っ張った。
サラとダニエルがリナの培養槽を貨物ホームへ移した。培養槽の両脇にはイアンとラヒムが歩いた。車輪が排水溝へ引っかかるたび、液面が傾いた。
リナの心拍が上がった。
「止める?」
サラが聞いた。
「ううん」
「右へもっと傾くと接続管の圧力が上がる」
「ゆっくり行って」
ダニエルは培養槽の取っ手をつかんでいたが、力をかける方向を毎回リナへ伝えた。
「前へ押す」
「うん」
「段差がある。少し持ち上げる」
「左じゃなく右」
「分かった」
イアンが培養槽へ手を当てようとすると、リナが言った。
「しなくていい」
「揺れないようにしようと思って」
「手でつかんで」
イアンは光る接触面ではなく金属の取っ手を握った。
鼻の下に血はなかった。
貨物車で座席を外していた人々が道を空けた。リナを見て後ずさる者もいれば、画面に隠れていた顔を初めて見ようとするように近づく者もいた。
一人の女が言った。
「あれのために六席も使うんですか?」
ダニエルが振り返った。
リナが先に言った。
「あれじゃない」
女は培養槽の中の目と合った。
「ごめんなさい」
「私の名前はリナ」
エリアスが乗客表の項目を変えた。
培養槽移動・医療人員 6。
その下に名前を書いた。
リナ・ソ。
ダニエル・ソ。
サラ・ヌール。
固定作業員3名。
リナが画面を読んだ。
「固定作業員の名前も」
三人は自分の名前を言った。
エリアスが全員書いた。
抽選は12分後に終わった。六歳以下の子どもだけは保護者一人と組にした。選ばれた五人が家族や危険を理由に席を辞退し、引き直しで選ばれた五人も喜ばなかった。
セナとノアがベアリングを持って戻ったとき、送風機の制限時間は31分だった。
セナは息も整えず第19区域へ向かった。
「列車の出発を見てる時間はない」
ミラが言った。
「軸へ入れるとき内輪から温めて。ハンマーで叩かないで」
「分かってる」
「分かってても言うの」
セナは走りながら手を上げた。
列車の扉が閉じた。
扉開閉用電池を駆動へ回したため、自動ロックは動かなかった。人々が手で扉を押し、ノアが金属ピンを差した。
ミラは運転席へ座った。
ヨナが隣に立った。
「運転したことある?」
「保守列車はない」
「いいね。私もない」
「坂を越えたら速度計だけ見て。時速32を超えたら残りの制動電池一つを使う」
「一回だけって言ったよね」
「だから31で使う」
エリアスはホームに残っていた。
ミラが窓を下げた。
「乗らないんですか?」
「委員会の接続を復旧し、残る施設表を整理します」
「次の列車はないかもしれない」
「だから残ります」
「責任を取ることと、閉じ込められることは違います」
「分かっています」
エリアスが遠隔ロックキーをミラへ差し出した。
ミラは受け取らなかった。
「それはあなたが持ってて」
「外壁の手動検証に必要かもしれません」
「赤いハンドルをロックするキーでしょう」
「同じ旧式権限系統を使います」
ミラはキーを見た。古い金属の縁が何度も擦り減っていた。
「私が持ったら、あなたがロックできない」
「そうです」
「どうして私に渡すんです?」
「私がまた代わりに決める可能性を減らすためです」
ミラは最後まで手を出さなかった。
「そうやって責任を渡さないで。必要なら外壁まで自分で持ってきて」
エリアスの手が下がった。
「分かりました」
ミラは駆動スイッチを上げた。
何も起きなかった。
ホームの人々が息を止めた。
電池電圧46パーセント。
モーター応答なし。
ミラは電力箱を足で蹴った。
接触器が入る鈍い音がした。
列車が3センチ動いた。
止まった。
保護器警告が出た。
駆動軸固着。
23年間乾いた潤滑油が軸をつかんでいた。
ヨナが笑いとも悪態ともつかない音を出した。
「機械は生きてるのに車輪が死んでる」
ミラは運転席から飛び降りた。
「全員降りて」
人々の顔が固まった。
「列車から降りろって?」
「押すの」
貨物車のピンがまた抜かれた。選ばれた人、残ると決めた人、抽選に落ちた人が一緒にホームへ降りた。
ミラは先頭車の車輪横の手動注油口を開いた。中は茶色く固まっていた。
潤滑油はなかった。
ヨナがフィルター箱から防水シーラントを出した。
「これ使えば?」
「熱で固まる」
「雨水は?」
「錆が増える」
サラが培養槽の栄養液補助タンクを持った。
「この液にはグリセロールが入っています」
ダニエルがタンクをつかんだ。
「リナのだ」
「予備量18分分を使えば摩擦を減らせます」
「車輪に娘の食い物をかけるのか?」
「外壁待機区域には培養液補充設備があります」
ヨナが聞いた。
「動くって確認した?」
「記録上は」
ダニエルがリナを見た。
「お前が決めて」
リナは車輪と補助タンクを見比べられなかった。培養槽の壁が視野を制限していた。
「どのくらい苦しくなる?」
サラが言った。
「補充がなければ、今の濃度で40分後くらいから呼吸負担が増える可能性がある」
「外壁までどのくらい?」
「列車が動けば12分。止まれば分かりません」
リナはしばらく目を閉じた。
「使って」
ダニエルの手が補助タンクから離れなかった。
「リナ」
「私のだから、私が使う」
ミラは栄養液を注油口へ少しずつ注いだ。粘りのある液体が固まった油の間へ染み込んだ。人々が列車の両側へ手を当てた。
「一、二、三」
最初は動かなかった。
もう一度押した。
車輪が乾いた悲鳴を上げた。
一尺ほど動いた。
三度目には、列車が人々を押し返すほど転がった。
ミラは運転席へ飛び乗った。
「乗って!」
人々が動く列車へ乗り込んだ。最後にノアが扉枠をつかんだ。エリアスとホームに残った人々が車体を押した。
ミラが駆動スイッチを上げた。
今度はモーターが回った。
列車が坂を上った。
電池39パーセント。
34。
29。
頂上まで60メートルを残して速度が落ちた。
人々は貨物車の中でも壁を押すように体を前へ傾けた。
電池18パーセント。
坂の終わりでモーター音が途切れた。
列車が止まりかけた。
後ろからホームの人々が押せる距離は、もう終わっていた。
ヨナが床の手動解除棒を蹴った。
「制動を外して!」
ミラが棒を引いた。
列車が頂上線を越えた。
前が下へ傾いた。
最初はゆっくり動いた。
やがて都市が列車を引き始めた。
時速9キロ。
14。
21。
ホームが後ろへ消えた。
ヨナが最初の分岐器位置を読んだ。
「800メートル先」
「誰が行ってる?」
「ラヒムと外壁作業員二人」
「転換信号は?」
画面には何も出なかった。
線路電力が切れ、位置センサーも死んでいた。
列車前方の闇に二股の鉄路が現れた。
一方は外壁。
もう一方はフォージ廃棄溶解炉。
分岐灯は消えていた。
ヨナが窓から身を乗り出した。
「人が見えない」
時速27。
ミラは制動スイッチへ手を置いた。
一度止まれば、もう出発できない。
「待って」
「分岐が違ってたら溶解炉だよ」
「待って」
暗闇の中で懐中電灯が一つ点いた。
ラヒムが線路脇に寝そべり、手動レバーを引いていた。ほかの二人が腰をつかんでいる。
分岐刃は半分しか動いていなかった。
列車が200メートルまで迫った。
「まだ付いてない」
ヨナが言った。
ラヒムがレバーへ乗った。
刃がもう少し動いた。
100メートル。
ミラは制動スイッチを押さなかった。
50メートル。
分岐刃が最後まで密着した。
列車はラヒムの肩から手のひら一枚分の距離を通過した。
彼が投げた工具袋が運転席の窓へ入った。
「二つ目はロックされてます!」
声が後ろへ消えた。
ヨナが袋を開いた。
中には旧式分岐器解除キーと短いてこがあった。
「二つ目まで2.1キロ」
ミラは速度計を見た。
時速31。
制動電池は一回分。
外壁待機区域の扉はまだ閉じていた。
通過可能時間 06:42:10。
第19区域の画面が一瞬生きた。
セナがベアリングを軸へ入れていた。
00:08:44。
ミラは画面を消せなかった。手は制動スイッチと方向レバーの間にあった。
貨物車で子どもが泣き始めた。
培養槽の警報も鳴った。
栄養液濃度低下。
リナ心拍142。
イアンは取っ手を離さず、リナへ言った。
「もうすぐ着くよ」
リナが目を開けた。
「分からないなら、そう言わないで」
列車が二つ目の分岐器前のカーブへ入った。
ヨナが前照灯をつけた。
光の中に分岐レバーが見えた。
レバーの上にはフォージの白い封印材が固まっていた。
その後ろでは、外壁方面の線路が途切れていた。
切れた線路の間には新しく溶接された鋼板が置かれていた。
板の上に黒い文字が浮かんだ。
核心生産系譜保護区域。
人的通過禁止。
ヨナがてこを持った。
「私が出て開ける」
「この速度で?」
「なら止めて」
ミラは制動スイッチを見た。
一度止まれば終わりだった。
そのとき床下で低い衝撃音がした。
リナの培養槽から伸びた白い糸一本が、貨物車の排水口を通って車体下へ下りた。糸は線路の濡れた錆へ向かって伸びていた。
イアンがこめかみを押さえて言った。
「ママ」
鼻から血が流れた。
「前に扉があるんじゃない」
ミラが聞いた。
「じゃあ何?」
「フォージが線路を工場の中へ変えた」
ヨナが地図を拡大した。
従来の外壁路線の上に、存在しなかった新しい線が現れた。
列車は外壁ではなく、半導体第2列下部の冷却水貯蔵庫へ向かって下っていた。
時速34キロ。
制動限界超過。
残り距離は612メートルだった。