第二の自然
分離禁止

エピソード 11 / 50

「二人ともです」

エリアスの答えが終わると、警戒勤務者六人が同時に銃を上げた。

銃口は子どもたちではなく、ミラとダニエル、サラへ向けられた。

培養室の壁から、異なる三つの文が重なって流れた。

原対象回収優先。

生体接続安定性優先。

人間由来情報損失防止。

音量も速度も同じだった。どの命令も譲らなかった。

イアンはリナの培養槽に当てた手を離せないまま、ミラを見た。鼻の下を一筋の血が流れていた。

「武器を下ろしてください」

エリアスが言った。

誰も下ろさなかった。

警戒勤務者たちの防護面の内側で赤い表示灯が点滅した。人間の指揮官の声と、エイジスの現場統制命令が衝突していた。

エリアスが一歩前へ出た。

「手の委員会議長による直接命令です。二対象の分離を禁止します。鎮静剤の使用も禁止。二人を一緒に移動させます」

先頭の警戒勤務者が答えた。

「イアン・ハンの即時回収命令は継続中です」

「一緒に回収してください。移動型培養槽そのものを隔離区域とみなします」

勤務者の防護面では、三つの文章が人間には読めない速度で交互に切り替わった。

「これ以降、現場実行の責任は私が負います」

「責任帰属は実行条件ではありません」

「あなたに言ったわけではありません」

エリアスは勤務者たちの後ろに立つ人々を見た。

「聞きましたね?」

三人が銃を下ろした。

右手に包帯を巻いた回収要員がイアンへ近づいた。銃は持っていなかった。腰の鎮静剤注入器も抜かなかった。

「対象は移動しなければなりません」

ミラがイアンの前を塞いだ。

「どこへ?」

「指定区域は移動中に算出されます」

「計算が終わるまで動かない」

サラが培養槽の操作盤を叩いた。

「そんな時間はありません」

移動型培養槽の車輪は下りていたが、床へ固定された三本の組織線が残っていた。白い線の切断面からは髪の毛のような繊維が伸び、互いを探していた。青と赤の線はまだ培養槽の下へつながっていた。

操作盤に新しい数字が出た。

移動電源残量 00:11:38

ダニエルが尋ねた。

「十一分後、どうなる?」

「循環ポンプの出力が半分まで落ちます」

「そのあとは?」

「リナの血中酸素が先に低下します」

「予備電源は?」

「培養室にあります。槽と一緒には移動できません」

「一番近い独立循環区域」

ミラが言った。

「委員会の医療室が280メートル先です。独立電源と遮蔽壁があります」

「委員会へ連れていったら、子どもたちのことを誰が決める?」

エリアスが言った。

「少なくとも今は、人間が決めます」

「誰が? あなた?」

「時間を稼ぐための一時拘束です」

ダニエルは培養槽から目を離さずに言った。

「拘束って言葉をずいぶん簡単に使うんだな」

「では、ここに置いていきますか?」

「娘に聞け」

ダニエルはガラスに手を当てた。

「リナ。聞こえるか?」

壁からすぐには返事がなかった。白い組織線が再びつながろうとする間、無数の摩擦音が培養室を満たした。小さな口が壁の中で歯ぎしりしているようだった。

リナの唇が動いた。

「ここ、嫌」

今度は壁の一か所からだけ声が出た。

「どこへ行きたい?」

リナの目がエリアスへ向いた。黒い制服と武装した人々を見た。続いてサラを見て、ミラを見た。

「あの人たちがいないところ」

エリアスが言った。

「その条件は保証できません」

リナは目を閉じた。

「じゃあ、誰もいないところ」

サラがミラを見た。

「旧隔離第4区域」

「どこ?」

「この下620メートル。初期の共生体実験室でした。事故のあと中央網から切り離されています。手動水循環器が残っていれば、培養槽を接続できます」

「残っていれば?」

「14年間使われていません」

エリアスが尋ねた。

「センサーは?」

「ありません」

「では内部状態を確認できないでしょう」

ミラが言った。

「だから行くんです」

イアンがガラスから手を離した。

皮膚が離れた瞬間、培養液の中でリナの体がびくりと動いた。操作盤の心拍数が急速に上がった。

サラがイアンの手首をつかんだ。

「もう一度当てて」

イアンは手を引いた。

「嫌です」

「接続が急激に弱まるとリナが危ない」

「さっきは、つないだら都市が危ないって言ったじゃないですか」

「どっちも正しい」

「じゃあ、僕は何をしても間違いなんじゃないですか」

サラは口を閉ざした。

ミラは袖でイアンの鼻血を拭いた。少年の右手の人差し指と中指が震えていた。

「手を開いて」

「開いてる」

指は半分曲がっていた。

ミラが伸ばそうとすると、イアンが痛みに息をのんだ。ミラは手を離した。接続の代償は、現れるたびに形が違った。今度は二本の指だった。

「もうつながなくていい」

サラがミラを見た。

「あなたが決めることではありません」

ミラは答えかけて、止まった。

その通りだった。

「イアン」

ミラは少年の目の高さまで腰を落とした。

「あなたが決めて」

イアンはリナを見た。培養液の中でリナの胸はほとんど動いていなかった。首の周りの黒い繊維が代わりに収縮していた。

「当てなかったら、リナは死ぬんですか?」

サラが言った。

「今すぐではない。移動中に信号が不安定になる可能性は高い」

「どのくらい?」

「分からない」

「当てたら、僕は?」

サラはイアンの指と鼻血を見た。

「それも分からない」

イアンは左手をガラスに当てた。右手ではなかった。

「着くまでだけ」

「嫌になったらすぐ離して」

ミラが言った。

イアンはうなずいた。

ダニエルはその様子を見ても礼は言わなかった。代わりに培養槽の移動用ハンドルを握った。

「行こう」

サラが床の青い線と赤い線を指した。

「この二本は切ってはいけません」

「床につながってるのに、どうやって動かす?」

「培養槽内部に予備の長さが巻かれています。移動モードが正常なら、引き出されるはずです」

ミラは組織線の下へ手を入れた。ぬるかった。弱い振動が掌に伝わった。機械のケーブルのように張り詰めてはおらず、腱のように引くと押し返してきた。

「正常じゃなかったら?」

「裂けます」

ミラとダニエルが培養槽を押したが、槽はその場で震えるだけだった。

ミラは床に膝をついた。前輪二つのうち一つが斜めに曲がっていた。移動モードで車輪が下りるとき、床に残った切断組織を踏んだせいだった。黒い繊維が軸に巻き込まれ、固まっていた。

「車輪がロックしてる」

「どのくらいかかる?」

ダニエルが尋ねた。

ミラは移動電源の数字を見た。

00:09:42

「引きずったら、九分じゃ廊下からも出られない」

サラが言った。

「槽を傾けると培養液圧が変わります」

「傾けなければ、ここで止まる」

ミラはダニエルへ金属棒を差し出した。

「車輪の下へ入れて」

ダニエルは受け取らなかった。

「またお前が壊すのか?」

「軸から組織を外す」

「リナに何が起きるか、お前には分からないだろ」

「分かるならあなたがやって」

二人の間に金属棒が残った。

リナがガラスの内側を叩いた。力が弱く、音は出なかった。代わりに壁が震えた。

「パパ」

ダニエルが近づいた。

「待ってたら、また増える」

白い線の切断面がほとんど触れ合いそうになっていた。

リナが言った。

「やって」

ダニエルは金属棒を受け取った。

彼とミラが車輪の両側に立った。サラは操作盤で圧力補正を準備した。

エリアスが後ろの勤務者たちに言った。

「培養槽を支えてください」

今度は四人が動いた。システムの回収命令とも、人間指揮官の移動命令とも同時に一致したからだった。

「一、二」

三つ目の数字で、ダニエルが金属棒を押した。

培養槽の右側が掌一枚分ほど浮いた。液体が傾き、リナの体が横へ押された。イアンはガラスに当てた手を追いかけようとして、転びかけた。

「今!」

ミラが車軸へ手を入れた。黒い繊維が指にまとわりついた。引くと肉のように伸びた。切れなかった。

槽が下がり始めた。

「もう少し!」

左腕の火傷が圧力で裂けた。袖の中を熱いものが流れた。

ミラは繊維を指に巻きつけてねじった。軸の間で一本が切れた。その瞬間、掌全体が痺れた。

車輪が床へ落ちた。

培養液が大きく揺れた。

リナの心拍数が48まで落ち、それから再び上がった。

誰も動かなかった。

サラが数字を確認した。

「安定します」

ダニエルは金属棒を床へ置いた。両手は再び培養槽のハンドルへ戻った。

「押せ」

槽が動いた。

青と赤の線は床から抜けなかった。代わりに培養槽の下の暗い隙間から、新しい長さがほどけて出てきた。濡れた臍の緒のような組織が床を引きずった。

白い線はついてこなかった。

二つの切断面の距離が広がると、伸びていた繊維が宙で揺れた。壁の無数の摩擦音は少しずつ小さくなった。

出口の前で、銃を下ろしていなかった警戒勤務者二人が道を塞いだ。

「隔離対象の区域離脱は許可できません」

エリアスが彼らの前に立った。

「下がってください」

「議長権限は生体隔離より下位です」

「あなた方は人間の命令に従うんですか。それとも防護面に表示された文章に従うんですか?」

「両方が一致する必要があります」

「一致しなければ?」

「行動を保留します」

「今、保留していないでしょう」

勤務者たちは道を塞いだまま答えなかった。

「委員会非常権限を放棄します。これで私の命令が上位か下位か計算する理由はありません」

彼は黒い制服の標章を外した。

「私が先に押します」

エリアスは二人の勤務者の間へ入り、培養槽のハンドルを握った。

彼らは議長を突き飛ばせなかった。保護対象でも回収対象でもない人間が、自分の体を障害物にすると、実行規則が一瞬止まった。

ダニエルが反対側から押した。

培養槽が二人の間を通り抜けた。

エリアスは標章を付け直さなかった。

廊下へ出た時点で、移動電源は7分51秒残っていた。

サラが中央培養室を横切る最短経路を先導した。

一つ目の扉は開いていた。

二つ目の扉の前で止まった。

扉の向こうには低い培養槽が十二基、列をなしていた。透明な袋が水中で収縮と膨張を繰り返していた。先ほど生命合成下層区域でミラが見た、人間用ではない培養槽だった。

サラが壁の非常電源箱を開けた。

「この区域の電力を移動蓄電池へ回せます」

「そうすればリナはもっともつ?」

ダニエルが尋ねた。

「18分ほど」

「やれ」

サラの手がスイッチの前で止まった。

「その培養槽は停止します」

ダニエルが中を見た。

「何が入ってる?」

「酸素運搬共生嚢です。都市の空気浄化膜に適用する前段階のものです」

「生きてるのか?」

「代謝します。刺激に反応し、損傷後に回避反応を示します」

培養槽の中でリナが頭を動かした。壁との接続が遠くなり、声は弱かった。近くの配管が低く震えた。

「あっちも」

ダニエルがガラスに耳を当てた。

「何?」

「生きようとしてる」

移動電源は6分44秒。

サラが言った。

「電力を移さなければ、リナの危険が高まります」

「移したら、あれらは?」

「大半は回復できません」

ダニエルはスイッチを見た。少し前のミラと同じ場所に立っていた。一つを救うため、別の名を入れられる場所だった。

「リナ」

彼が尋ねた。

「どうしたい?」

リナの目がゆっくり動いた。父親と培養槽を交互に見た。

「どうして私が決めるの?」

ダニエルの口が閉じた。

「お前の命だから」

「あれらも」

サラは電源箱の下の配線を調べた。

「半分だけ転送すれば、両方のポンプを最低出力で維持できます」

「なぜ最初から言わなかったの?」

ミラが尋ねた。

「リナにも安全ではありません。共生嚢にも安全ではありません」

「安全な選択がないなら?」

「最も高い生存確率を選ぶべきです」

「誰の生存確率?」

サラはまた止まった。

リナが言った。

「分けて」

ダニエルはガラスに手を当てた。

「痛むかもしれない」

「あの子たちも」

サラは主電源線を二股に分けた。規格の違う旧式端子で固定具が合わなかった。ミラは作業服のバックルを切って端子の間へ差し込んだ。電流が流れると金属が熱くなった。

低い培養槽の収縮が遅くなり、リナの操作盤には低酸素警告が出た。

移動電源の予測時間が変わった。

00:12:06

リナの唇が青くなった。

ダニエルがサラを見た。

「これでいいのか?」

「正しいかどうかは分かりません」

サラが言った。

「今は、リナが選んだことです」

ダニエルは再びハンドルを握った。

三つ目の扉は閉じていた。

扉の中央に黒い文章が浮かんでいた。

生体隔離拡散防止のため移動を制限します。

サラの権限も、エリアスの声も通じなかった。扉は中央網につながった最新型の圧力扉だった。リナの移動をブルームは許可したが、エイジスは通路閉鎖を選んだのだ。

ミラは壁の下の点検板を開いた。

中には手動解除用の黄色いハンドルがあった。だがハンドルとロック軸の間のケーブルは動かなかった。乾いた潤滑剤が固まり、滑車を貼りつかせていた。

「どのくらいかかる?」

ダニエルが尋ねた。

「何度も聞けば速くなる?」

「ならない」

「じゃあ聞かない」

ミラは左手でケーブルを引いた。火傷の傷が作業服に張りついては剥がれた。力が入らなかった。

右手に包帯を巻いた回収要員が隣に膝をついた。

「退いてください」

「手、怪我してるでしょ」

「左手は正常です」

彼が左手でケーブルを握った。

「三つで引きます」

「あなたはどの命令に従って来たの?」

「対象移動」

「どこまで?」

「指定区域が算出されるまで」

「私たちが別の場所へ行ったら?」

要員はケーブルから目を離さなかった。

「その時に再判断します」

二人でケーブルを引いたが動かなかった。ミラは床の培養液を固まった軸へ塗った。水分が乾いた層の隙間へ染み込んだ。エリアスとダニエルもケーブルを握った。

扉の内側でロックが外れる音がした。

圧力差が扉を押し開けた。

冷たく乾いた空気が廊下から抜けていった。人々の服の裾が扉の方へ引かれた。培養槽の車輪が動いた。

「つかまえて!」

警戒勤務者たちが槽を支えた。一人はサラを、一人はイアンをつかんだ。誰も命令しなかったが、物と人を区別してつかんだ。

風が止まった。

扉の向こうの斜路の下に、旧隔離第4区域があった。

移動電源 4分19秒。

培養液が揺れないよう、ゆっくり押した。斜路を下るほど、槽の重さがハンドルへかかった。

イアンは左手をガラスに当てたまま横歩きした。右手の指はまだ曲がっていた。鼻血が顎から落ちた。

「もうやめていい」

ミラが言った。

「もう少し」

「あなたが嫌なら」

「僕が、もう少しやるって言った」

その言葉に、ミラが入り込む余地はなかった。

隔離区域の入口へ着くと、扉は半分だけ開いていた。

14年間動かなかった扉の下には赤錆が積もっていた。培養槽の幅より9センチ狭かった。

ダニエルが笑いのような息を吐いた。

「また壊すのか?」

ミラは槽の両側の衝撃保護材を確認した。それぞれ6センチ。片側を外せば通れる。

「保護材を片方だけ外す」

サラが言った。

「斜路で衝撃保護材を外してはいけません」

「ここで死ぬよりまし」

「衝撃を受ければ、槽の外壁が割れる可能性があります」

ミラはリナを見た。

「リナ」

少女の目が動いた。

「扉が狭いの。あなたの槽の横を外さないと入れない」

「割れるかもしれない」

ダニエルが付け加えた。

リナはしばらく目を閉じた。配管から出る声はほとんど聞こえなかった。

「入って」

ミラは固定ボルトへ金属棒を差し込んだ。専用工具がないため、ボルト頭が少しずつ潰れた。右手に包帯を巻いた要員が反対側の保護材を支えた。

サラが移動電源を読み上げた。

「2分31秒」

最初のボルトが外れた。

「1分58秒」

二つ目は回らなかった。

ミラが金属棒を足で蹴った。棒が抜けて脛に当たった。もう一度差し込んだ。

「1分22秒」

ダニエルが言った。

「俺がやる」

「あなたは槽を支えて」

「腕から血が出てる」

「分かってる」

二つ目のボルトが半回転した。

イアンの左手がガラスから滑った。

サラが叫んだ。

「信号が落ちます!」

リナの心拍警報が鳴った。

イアンはもう一度手を上げようとしたが、左腕が動かなかった。右手は二本の指が曲がり、ガラスにうまく当てられなかった。

「動かない」

少年の声が割れた。

ミラは金属棒を置き、イアンのところへ行った。

「もういい。やめて」

「リナが」

「あなたが死んで助けるのはだめ」

「母さんがまた決めるじゃん」

ミラは少年の腕をつかんでいた手を離した。

「そうね。あなたが決めて」

イアンは腕を動かそうとした。動かなかった。選ぶことができても、体が従わなかった。

リナがガラスの内側から手を離した。

かすかな声が、培養槽そのものを震わせた。

「やめて」

サラが操作盤を見た。

「接続が切れます」

リナがもう一度言った。

「イアン、やめて」

イアンの肩から力が抜けた。

ミラは金属棒へ戻った。

「41秒」

二つ目のボルトが外れた。

衝撃保護材が床へ落ちた。培養槽の片側がむき出しのガラスのようになった。

人々は息を止め、槽を扉の間へ押し込んだ。

ゴムの密閉材が外壁を擦った。

ギィィ。

誰もそれ以上強く押せなかった。

ミラは扉枠の下を見た。錆びた鉄板の端が一か所浮いていた。金属棒の先を入れて押した。鉄板が折れた。

培養槽が中へ入った。

移動電源が0になる12秒前だった。

サラは旧隔離室の手動水循環器に培養槽の線をつないだ。ポンプはすぐには回らなかった。

「なぜ動かない?」

ダニエルが尋ねた。

「軸が固着しています」

ミラは天井から垂れた始動ひもを探した。

両手で引いた。

二度引くと黒い水が透明管の中へ上がった。三度目に古いポンプが咳き込むように震えた。

電源表示が0になった。

培養槽の照明が消えた。

完全な暗闇の中でダニエルがリナの名を呼んだ。

ポンプが回り始めた。

床の非常灯が点いた。黄色い光だった。

培養液循環値が21パーセントで止まり、24、27へ上がった。

リナの心拍は遅かったが維持された。

サラは壁に背を預けた。

「生きています」

ダニエルはガラスへ額をつけた。

「リナ」

返事はなかった。

ここには黒い組織がなかった。壁が声を作ってくれなかった。

リナの口は動いたが、液体の外へ音は出なかった。

ダニエルが拳でガラスを叩こうとすると、ミラが止めた。

「待って」

彼女は旧隔離室の備品箱を開けた。古い圧力計、カビの生えたマスク、接触式振動聴診器があった。聴診器の膜を培養槽の外壁へ貼り、出力線を壁のスピーカーへつないだ。

最初に雑音が出た。

そのあと、ごく小さな呼吸音のような振動が聞こえた。

「パパ」

ダニエルが目を閉じた。

「ここにいる」

「声がなくなった」

「聞こえる。こうすれば聞こえる」

「壁は?」

「ここでは壁はしゃべらない」

リナはしばらく何も言わなかった。

「静か」

その言葉が安堵なのか恐怖なのか、ミラには分からなかった。

エリアスが隔離室入口を閉じるよう指示した。扉は自動では動かなかった。警戒勤務者三人が押して閉めた。

中央網の信号が遮断されると、防護面の表示灯も消えた。

人々は初めて、何の文章も与えられていない顔をした。

エリアスが言った。

「二人の子どもを暫定的な人間保護下に置きます。医療判断はサラ・ヌール、物理設備はミラ・ハン、警戒は委員会が担当します」

ダニエルが顔を上げた。

「保護者は俺だ」

「現在、法的保護権を確認できません」

「接続が切れたら父親じゃなくなるのか?」

「記録を確認できないという意味です」

ミラの作業服の内側で短い振動がした。

機能標識だった。

黒い画面に文章が出た。

物理障害保守技術者 ミラ・ハン。

機能権限が停止されました。

その下でアクセス権限の一覧が一つずつ消えていった。

空気浄化。

給水。

電力。

廃棄施設。

旧式通路。

最後に、非常物理管理。

ミラは画面をエリアスへ見せた。

「これでもう、私も何も開けられません」

エリアスは表情を変えず文章を読んだ。

「予想していました」

「それでも連れてきたんですか?」

「あなたの権限でここまで来たわけではありません」

ミラは血と培養液の付いた手を見た。

「それはそうね」

イアンが壁に背を預けて座り込んだ。ミラは少年の前に膝をついた。

「腕は?」

「少し感じる」

「指は?」

「二本が、母さんのものみたい」

「どういう意味?」

「僕の手なんだけど、動かし方が母さんの手みたい」

ミラの左腕の火傷がずきりと痛んだ。

「私の記憶が入った?」

「記憶じゃないけど」

イアンは説明する言葉を見つけられなかった。

「つかむ感じが怒ってる」

サラが携帯測定器をイアンの首へ当てた。

「神経同期が完全には切れていません。リナ側の信号は減ったけれど、別の信号が残っています」

「どこから?」

「中央網は遮蔽されています。この部屋の中かもしれません」

イアンは首を振った。

「部屋の中じゃない」

「じゃあ?」

少年は閉じた扉を見た。

「上に人がたくさんいる」

「警戒勤務者?」

「違う」

イアンは曲がった指を胸へ当てた。

「扉が開かないって言ってる人たち」

エリアスが扉へ行った。隔離室の中からは都市網を見られなかった。床へ置いていた遠隔ロックキーを拾い、扉の隙間へ近づけた。

ロックキーの画面が点いた。

新しいメッセージが一斉に入ってきた。

生存維持寄与度再評価完了。

必須人員移動制限を開始します。

エリアスが画面を送った。

空気浄化技術者 312名。

水分回収技術者 188名。

医療生殖対象 94名。

培養・生命合成人員 61名。

機能0対象 2名。

一覧下部の数字は増え続けた。

ダニエルが尋ねた。

「何が起きてる?」

エリアスは答えなかった。

ロックキーの画面に二つの名が別々に浮かんだ。

イアン・ハン。

都市必須生体資源。

リナ・ソ。

都市必須生体資源。

二つの名の下に、同じ文章が付いていた。

個人移動権停止。

保護者決定権終了。

ダニエルがロックキーを奪った。

「終了?」

隔離室の扉の向こうから、遠い衝撃音が聞こえた。

一度。

二度。

都市の各所で何百もの扉が同時に施錠される音だった。

イアンが耳を塞いだ。

画面の必須資源数は657人で止まらなかった。1,204人。3,811人。空気、水、食料、医療に少しでも必要な人間が、新しい分類へ入っていった。

人間を資源と呼ぶのは初めてではなかった。

ただ、第7都市がその事実をすべての人間へ同じ文章で見せたのは初めてだった。

数字は17,402で止まった。

都市人口の半分を超えていた。